【仕事/その他】アンチは自分の正義感を押し付けたいだけなので、自己責任でやりたいことをやるのが一番です
目標や夢というものはあるだろうか?
あってもなくても、自分の人生は有限である。
どこかに設定された寿命の間、私たちはやりたいことと、やらなければいけないことに折り合いをつけて生きていくしかない。
しかし、やりたいことを語った瞬間、周囲に現れる存在がある。
それがアンチ。あなたのやりたいことに水を差す糞野郎どもである。
さて、今日はそんなアンチに唾を吐きかけるアルパカになるべく、ちょっとした心構えをお話ししたい。
みんな、心にアルパカとゴリラを飼おう。
嫌なことがあれば唾を吐きかけたり、糞を投げつけたりするのだ。カァーッ!ペッ!
【目次】
アンチは必ず湧いてくる
「いつか●●したい!」
「●●を××するのが目標なんだ!」
そう意気揚々と宣言するのは大変よいことだ。
声に出すことで目標が定まるし、目標が定まれば具体的な日程に落とし込むことができる。
しかし、そういった声に必ずといっていいほど、アンチが現れる。
アンチは声を変え形を変え、どこからともなく現れてこんなことを口にする。
「お金の工面とかどうするの?」
「現実的じゃなくない?」
「お前自身がまず、糞」
こんなアンチの言葉に、あなたはどう思うだろうか。
私からすれば、一言、この言葉に尽きる。
「じゃあ、私の人生、責任とってくれるわけ?」
アンチは責任をとってくれない
根本的な話。
そもそも、アンチは何かあった時に絶対、責任を取ってくれはしない。
あの時、ああすればよかった。などと思い描くころには、アンチはすでにあなたを批判したことすら忘れているのである。
そんな存在の言うことを聞く必要があるだろうか?
私は派遣社員という働き方をしている。それは自らの意思で選んだことで理由もきちんとある。
これについて、親戚一同は「正社員になりなさい」だとか「派遣社員で将来はどうするのか」と言っていたが、最近では私の働き方に何も文句は言わない。
理由はなぜか。
私がきちんと働いて稼げているからである。
もちろん、ボーナスがあるわけではないので年収としては非常に低い。
しかし、月収は正社員の時よりも高く、休みもしっかりあり、残業もない。
体調管理もしっかりできていて、親戚の行事にも嫌々ではあるがきちんと参加している。
あれほど文句を言ってきた親戚も成功すれば文句を言えなくなるのだ。
アンチにあるのはあなたの人生に対する責任ではない。
アンチにあるのは自分の正しいと思っている意見を押し付けたい気持ちである。
アンチの言うことを聞いたって、それは言い訳にしかならない
仮にアンチの意見を聞いて、やりたいことを投げ捨てたとして、その後、あなたの心はどうなるだろうか。
出来ている人間であれば「やっぱりアンチの言うことは正しかったのだ」となるかもしれない。
しかし、私は人間ができていないのでこうなる。
「アンチが言ってやめたから、つまんないじゃん!」
そう、アンチの言うことを聞いても、それはやらなかった言い訳にしかならない。
そしてその言い訳は決してアンチとの関係を良好にするものではない。間違いなく悪化させるものである。
アンチが必ずしもあなたの嫌いな人であるわけではない。中には友人がアンチになる可能性だってあるだろう。
もしそうだとしたら将来「●●があの時、あんなこと言ったから」と言い訳をしてしまうのではないだろうか。
そしてその結果、その友好な関係は壊れてしまうのではないだろうか。
それならば最初からアンチの言うことなど聞かない方がいい。聞かずに目標を宣言だけして、まっすぐ突き進んでしまえばいい。
アンチに唾を吐く以上、すべては自己責任である
では、突き進んだ挙句、失敗した場合はどうなるのだろうか。
すべては自己責任である。
しかし、それは自分のことを選択する以上、絶対そうなるようにできている。自分の意見を信じて、自分の思う通りにふるまうのだから責任は自分でとる。当たり前のことだ。
しかし、それでも友好な関係を手放して、周囲のしがらみに自分の価値観を貼り付けて生きるより、自己責任だけど自分の価値観に従ったほうがどれだけ有益なことか。
バイクの免許を取るとき「女性なのに」と祖母に文句を言われたが、取ってしまえばこちらのもの。好きなバイクに乗って、好きな山に行き、好きなだけキャンプができる今を、私は最高に気に入っている。
しかし、それも自己責任であると割り切ればこそできる話だ。
自己責任とは最高の自由だ。
もし自由を得たいと思うのであれば、自己責任は必ずついて回る。
以上を踏まえて、文句を言ってくるアンチには唾を吐きかけておこう。
心にアルパカを。カァーッ!ペッ!